もうひとつの履歴書4「T先生のこと、気功との出会い」
T先生の気功の力で妻のがんが消えたことはもう書いた。
この話は、妻の付き添いでT先生のところに通っていた時から始まる。
治療所のある芝の駅に立つと、手のひらがジンジンと痺れるような感覚におそわれる。
このころ私は手のひらにウィルス性の湿疹ができていて、職場の近所の病院に通っていた。
皮膚科の治療は液体窒素でひとつずつ焼ききるというものだったが、1年あまりかかってもなかなか治らないで困っていた。
ところがある日、気がつくとこのしつこい湿疹がすっかり消えている。
先生にこうした話しをしたら、壁を背にして目を閉じて立ってみろという。
そのとおりにするとなにやら前方より暖かい風が吹いてきて、身体が揺れだした。
それを見て、武道かなにかやっていたかと聞かれた。
はいと答えると、気功の才能があるからやってみないかとの誘いである。
先生は私と同じ年代で名古屋の方のご出身。若いころに突然腕が痛くなり、それから気功の力が出るようになったという。以後、独学でやってこられたそうである。
治療師の免許がないのだから、はっきりいってモグリの治療だ。
それでもがんが治るとの口コミで、有名女優、大手新聞社の編集長、厚生省の役人までさまざまな患者たちが通って来ていた。
妻のがんの一件以後は先生に大変恩義を感じたし、できるだけ時間を見つけては治療室に顔を出し、やがていわれるままに先生のお手伝いをするようになった。
病院で、先生が末期の食道がんの患者さんを治療するのに立ち会ったことがある。
力なく息をする人の胸に手を当てること約10分、顔に生気が戻るのがはっきりと分かった。帰りにはその患者さんが歩いて病院の玄関まで見送ってくれた。
こうした奇跡のような体験をその後も幾つかすることになる。
(もっともこの患者さんもしばらくして、亡くなられたと聞いた)
かざした手で腰痛や五十肩が治ったりするのだから、仕事場でも評判になった。
ウイスキーやワインの味を変えられることも分かった。こうなると少々得意になってあちこちで試すことになる。広告関係の仲間3人と泊りがけでゴルフに行った夜のことだった。
腰が痛いというAさんを治療することになった。腹ばいになってもらって腰に手をかざす。たまたま誰かが電気を消してみようと言い出した。
暗闇の中で私の掌から青白い霧雨のように細かな光が出て、Aさんの身体に降り注いでいる。手の甲からは、白い湯気のような光が、立ち上っていた。
他の二人も驚いたが私自身も驚いた。正直いって少々怖くなった。他の2人にしても同じだったと思う。見てはいけないものを見たようで、以後この夜の話はなんとなく避けるようになっている。
しばらくして、T先生が倒れた。前にも同じことがあったという。
これは今だから言えるのだが、T先生の気功は自分の生命エネルギーを意念をもって (意識的に) 相手に放射するというやり方だった。
これにはとてつもない訓練を前提とするし、それでも限界がある。たいへん危険な治療といわざるを得ない。こういうことがあって気功の怖さも知ることになる。