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院長雑感

もうひとつの履歴書1「祖父のこと」

私が六十歳を過ぎて第二の人生に治療家の道を選んだのには、どこかに父方の祖父の存在というものがあったからかもしれない。
私の祖父は田中勢平といい、佐賀県武雄市の片田舎で村医をしていた。
明治生まれの厳しい人で寡黙でもあったから孫たちにとっては近寄りがたく、父親よりさらに怖い存在だった。祖父に甘えたという記憶はない。

田中医院はいかにも大正・昭和初期の村の診療所で、村の通りに面して建っていた。
玄関を入ると上がりがまちになった待合室があって、大きな火鉢が置いてある。
診療室と薬局がそれにつづき、反対側は当時は物置になってしまっていたが戦前にはあったという往診用の人力車やダットサンの車庫だった。
病院の二階は軍医となりその後死亡した伯父夫婦の居室となっており、それに続いて女中さんや看護婦さんの住み込み部屋があったと記憶する。

全体で500坪ほどの大きな屋敷で病院から引っ込んだところに母屋があり、客間座敷などが並ぶ。
広い客間の隅に置いた長火鉢の前が、祖父の普段の指定席だった。
中庭を回りこむように長い廊下があり、その先は祖父母の離れになっていた。
もうひとつの裏庭に面しては炊事場や農具を置いた納屋などがあり、つづいてこれも今は使われなくなった入院患者用の建屋が並んでいた。

祖父の専門は泌尿器科だったというが、そのころの開業医はすべての分野に精通することが求められた。
父が成人してからもいつも夜遅くまで専門書を読んで勉強をしていたと聞いた覚えがある。
私の父は小学生のころ大腿骨を骨折しているが、その時は祖父が手術をして骨をつないだのだという。
後年父は早稲田の庭球部の主将となり、日本を代表するランキング・プレイヤーとなるのだから、祖父は外科医としてもすぐれていたのだろう。
長男の伯父も手術の上手さをいつも自慢していたと聞くし、
県立病院で外科部長をしていた三男の叔父も、また大変評判の高い外科医だった。
祖父の血統のなせるわざかもしれないが、残念なことに二人とも早世した。

小学校4年生の夏休みのひと月を、長崎の両親の元を離れ祖父と祖母の家で過ごしたことがある。今になれば、初めて祖父と会話らしい会話をし、多少とも触れ合った貴重な時間だったと思う。診療室で聴診器をいじらせてもらったり、薬局で看護婦さんを手伝って薬を包んだりした。そんな私の様子を祖父はとても喜んだらしいと、後になって母から聞いた。小学校のころの私は利発な子で、祖父のたいへんお気に入りであったことも。医者になることを期待した父が医者にならなかった分、孫を医者にしたかったのだろう。

(後になって、私のいとこが、叔父の遺志を継ぎ、外科医の道を歩むことになる。
今、彼は某大学の医学部教授となって活躍している。更に、甥や姪が医者になっているから、彼らのおかげで、祖父も、さぞかし喜んでくれているに違いない。
それにしても、私が、今になって、鍼灸の道を歩き出したと知れば、祖父はどんな顔をするのだろうか)

話が、少しそれた。
私が祖父と過ごした夏、村には新しく大きな病院もできていて、80歳に近い年齢だった祖父は事実上引退をしていた。50代で脳卒中を患い、その後遺症もあって足が少々不自由だった。それでも村の年寄りの中にはどうしても田中先生でなければとやってくる人が残っていて、診療所は開けてあった。
患者さんですよと看護婦さんが呼ぶ。その度にどれどれと杖をつきながら母屋から病院に向かう。そんな祖父の様子が今でも目に浮かぶ。こうした祖父の晩年の生き方が鍼灸師という私の第二の人生の選択に、少なからず影響をもたらしたように思っている。

祖母に先立たれた祖父は、一年後、私が中学生の時祖母の後を追うようにして逝った。風邪をこじらせ、一週間ほど寝込んでのことだった。
死の床で、看病をしていた私の母に、こう言ったという。
今まで多くの患者の死に立ち会ってきたが、いざ自分のことになると、死ぬということは思っていたより苦しいものだなと。そして今夜がヤマだと診断をして、そのとおり、その晩に息を引き取った。

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